――向こうのジプシーやミュージシャンと生活を共にしたとか、そういうご経験は?
「あ、あります。最初に海外に行ったのは高校生の時で、熊本の青少年オーケストラが日本代表として夏休み中かけてヨーロッパ各国を回るというツアーがあったんです。それで向こうの青少年オーケストラの人達とジョイントしたり遊んだり一緒に生活したり。僕はその時、民族音楽として使われているバイオリンがすごく面白かった。当時ロックもやってたんで、ロックの中で使われてるバイオリンとか、ジャズやブルースで使われてるバイオリンがすごく面白くなって、現地でそういう教室を見学したりとか、曲を教えてもらったりとかしましたね」
――どういう音楽が一番印象に残りました?
「やっぱりルーマニアとかハンガリーのほんとのジプシーの人達がやってる音楽が、印象に残った、というより『これでいいんだ!』って思ったんです。なんだ、こういうのがあるじゃないかって。僕はクラシックでは、間違いだ間違いだって、言われ続けてきたんですね。でも、どうしても僕は崩したい、どうしてこれが間違いなんだって思っていた時に、そういう音楽に出会った。音色もそうですが、クラシックだと弓の持ち方が違う!って言われる。だけど、現地の人達はみんな違う持ち方してる(笑)。自分の腕や指の長さによって違ってていいはずだし、それが現にここに存在してて、しかも心打つことをやってる。それが印象的だった」
(略)
「ジャズだってフラメンコだって本来、変わっていく、現在進行形のものでしょう。それなのに日本で教える人ってこうだよって教えるから、こうじゃなくちゃいけないっていうのができてしまう。そうするとそこで止まるし、越えられない。本物の人と対等になれない。ずっとそれがおかしいと思ってたんです。だから、僕は師匠と弟子の関係になるのが好きじゃない。そうなるとずーっと対等になれないですから」
――そうすると、音楽的なことっていうのは、やっぱり現場で盗むもんなんですか。
「んー、もらうって感じですかね(笑)。まあ血の中にあったとはいうものの、やっぱりいろんな出会いがあって、現場でやりながら取ってきたものだとは思うんですけど」
――具体的にはどんな形で取ったんですか?
「たとえば、音楽をやっているライブハウスとかレストラン、居酒屋に行って、演奏が終わった後にその場でとか。家に招待される場合もあります。バイオリンはいつも持ってますから、僕、日本から来たんだけど、バイオリン弾くんだよー、みたいなことで弾き始めると、即興だと太鼓の人なんかが合わせて来ますんで、そんな中で自分の作った曲を弾いたりするんです。僕、大正演歌みたいなのをよくやるんですよ。弾き語りで。『じんじろげぇやぁ、じんじろげぇ〜』ってやってると、アラブのバイオリンの人も古い民謡を弾きながら歌ったりする。こっちにはこういうのがあるぞって。で、今の好きだからもう一回弾いてって頼んでみたりして。だから向こうも、教えるっていうより、あ、俺の曲気に入ったか?みたいな感じで。ルーマニアとかハンガリー、あとパリも面白い。いろんな所からそういうのが集まって来てる。限られたジャンルだけでなくて、フリージャズの店でもそういうことが起こるし」
――バイオリンだけでなく歌も歌われてますが、どういった内容なんでしょう。
「ボイスも僕にとっては重要ですが、アラブやインドの音楽の場合には、スキャット(意味のない音声で歌うこと)みたいな部分があるんです。フラメンコでも『アイー』っていうのは特に意味のないところですよね。外国に行ったときにどこの国の人でも感じてくれるのは、そのスキャットなんです。肉声というのは、楽器とは違う、もっと直接的な響き方みたいな部分ですごく伝わるんですけど、ある単語を使うと、発音が違うとか、意味がわからないということになりかねない。だから僕の歌はスキャットの延長。もしくは太田語っていうか字宙語。その場で出てきた言葉を使ってやる。
面白いのは、たとえば東ヨーロッパで歌うと、今のはフラメンコかって言われる。アラブに行くと、今のは東ヨーロッパのジプシーの歌かと。インドに行ったら、アラビア語か(笑)。つまり、みんなちゃんとエキゾチックに聞こえる。僕らが意味をわからないでアラブ音楽やフラメンコを聞いてる時と同じように、本物の人達が感じてくれる。今のは絶対何かを歌ってるって言うんです。だからそれが面白くて、僕は僕なりのやり方で、意味の無い歌を歌っていく。
もしくは、具体的なことを言う時には、僕は日本人だから日本語で歌います。その場合はやっぱり、ラブソングとか、日常のことをただ歌う。『私の商売はバイオリン弾きで〜毎日毎日弾いてます〜』みたいな(笑)。そんだけのことなんです。メッセージ性の強いものとか、政治色の濃いものは、今のところやってない。怒りが原動力にはなってるんですが、具体的に言葉にはあまりしない。僕の人生は片寄らないようにしようっていうのがテーマ。片寄った瞬間に、それは権威になってしまう。権威になったとたんに僕が怒ってるものと同じになってしまう危険性がありますから。何かに聞こえればいい、何かを感じてくれればいい。ある人が、今のはラブソングだって思ってくれればいい。今のは生活の苦しみを歌った歌だって感じてくれればいい。そう思ってます」