太田惠資インタビュー2002 part1

「新鮮にやれたライブが一番おもしろい」



お待たせしました! 前回から3年、みなさんのご要望にお応えし、2002年現在の太田惠資に鋭く迫るインタビューです!定期的に続きもアップします、お見逃しなく!!

――去年(2001年)1年間で、どのくらいライブをされてますか?

具体的な数ですか?うーん、スケジュール手帳を見てる感じだと月に20日以上は絶対やっているんで、単純に200以上はやっていますね。

――音楽業界でもそんなにライブやっている人はそう沢山はいないのでは。

どうなんだろうね、レコーディングだと、(村上)ポンタさんとかね、昔からすごかったんだけどね。まあ自分としては、わりと普通にやっているつもりですよ。

――その中で、印象に残ったライブというのは?去年だけでなくてもいいんですが。

うわあー、難しいなあ。・・・あの、自分のポリシーとして一回一回命を懸けているし、クサイ言い方かもしれないけど一緒にやっている人に対しても最大限の敬意とか愛を持ってやっているんで、ベストって訊かれるのなら非常に辛い・・・。

――いや、ベストという意味じゃなくて、アーティストとして、今日のライブは凄く違ったなあ、というところで。

なるほどね。そのポイントを踏まえつつ言うと、ランクは別として、やっぱり自分のソロ・・・何年前、もう2年か3年前かなあ、ドルフィーでやったのはやっぱり凄く残ってるね。それはソロっていうのが大変だというのと、結果的に自分でも面白かったのと、そういう意味ですごく印象に残ってますね。

マンネリ化してないことというのが自分の中でポイントになってて、他の方とセッションしたりサポートしたりする時もそうなんだけど、お決まりのことをやってノルマをこなしたみたいなライブはあんまり後味もよくないし、まああんまりやりたくない形ですよね。「あ、こう来たか」とか、いつもと同じ曲やってても今日は全然アプローチがみんな違ってて自分もそれに影響されたな、とか、そういうのが一番おもしろいです。

その意味だと、酒井俊さんとMASARAが初めてやったときも面白かった。MASARAでいつもやってることでもなかったし、俊さんといつもやっていることでもなくて。そのどちらの部分に対してもすごい新鮮な感じがした。

それから、坂田明さんと息子さんの坂田学さんと、吉野弘志さん、琵琶の坂田美子さん、あと谷川賢作さんがピアノで・・・それは広島のイベントっぽいやつだったんですけど、面白かったね。

ちょっと話がとっちらかっちゃうんだけど、一噌(幸宏)さんと最近またやり始めて、すごい面白くなってきてる。

――「リーヤリ」ですか。

うん。CDのためにちょっと前からやり始めて、ちょこちょこライブもやって、CD作って、そのあとテレビも含めて・・・。一回ぼく、一噌さんとちょっとぶつかってやめてた時期があったんですよ。で、またやり始めて、凄く・・・面白くなってきた。なんで(やめていた)かというと、あの、難しい(笑)フレーズが、俺には弾けないんですよ(笑)。だから、フレーズを弾くんならイヤだなっていうのがあって。もっとやれる人がやればいいと思っていたんだけど、それプラス、替えがきくようなセッションは僕はイヤだったんです。まあ(弾ける弾けないという)ジェラシーもあったかもしれないけどね。

で、なぜ面白くなってきてるかというと、そこそこ年月が経って、フレーズも古い曲に関しては弾けるようになってきたというのが一つと、あとはねー、僕も年喰ってきたんで「速く弾けるだけがいいんじゃないんだよ、その裏にある感性みたいなもので勝負!」って(小声だけど)言えるようになったかな。吉野さんと僕とのバランスもあって、いい感じ。そういう意味で前と同じ曲もすごく新鮮です。

(印象に残ったライブとしては)いろいろ抜けてるかもわかんないな。まあVINCENT ATOMICUSとかはね、ああいうのはメンバーもいいし、アプローチも面白いからすごく好きですし。

何を大事に、とか何をポイントに、ということだとそういう部分ですよね。どう新鮮にできるか、周りの人も毎回どのくらい大事にしてやってくれるか。あとは俺はいつも何か、アートっぽいことがないとイヤなんだけど、同時にエンターテインメントでないとイヤなんで(笑)、それができてるかどうか。凄くやりたいことやってるんだけど、同時にお客さんも無条件で喜んでくれるっていうのが一番の目標で、それが出来ている時っていうのは、後で心地よいですね。ああ今日はやってよかったねって思いますね。

(続く)


2002.1. 都内某所にて
Interviewed by S.Hayashi

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