ーー今年のインタビューのテーマは「変化」ということでいこうと思っています。変わっていくこと、変わらないこと・・・ちょっと面白いかなと思って。
おお・・・うん、いろんな意味で面白いね。
ーー5年前の自分と変わっていると思いますか?
うーん、希望的なことを交えれば、変わっていたいと思いますね。当然変わっているはずで・・・それが悪くなってるか良くなってるか自分じゃわかんないですけど。変わらないこともあるんですけどね。
(太田HPでの)最初のインタビューの頃、やたら怒ってましたねえ(笑)。で、4年前かな、その後のインタビューでは和らいだ感じがある。自分自身ではその(怒っている)気持ちは変わってないんだけど・・・だんだん年とともに弱気になってんのかね、結局「それだけままならないままになっているのは、自分が悪いんだろうな」って(笑)。俺はあんまりそれを悪い意味にはとってなくて、より、ふくよかな意味で、柔軟に、より深くなっている・・・と自分では思っています。だから、怒りを愚痴とか言葉でぶつけるんではなくて、結果で出していきたい、という感じですかね。
ただ、昔は何か発言して変えていきたいというのはちょっとあって、ちょっとだけまだ「だから自分はいけないんだ」という気持ちもあるんですよね。(自分は)発信しないじゃん、あまりにも。
ーー言葉をもっと出すべきだと?
最近だと菊地成孔さんとか大友(良英)さんとか、身近なとこだと勝井(祐二)さんでもいいんだけど、やっぱり言葉にするということが上手だよね。それでその人が何をやりたいのか、をプロパガンダ出来てるというか・・・。菊地さんなんか、平気でネット上でケンカを始めたり・・・自分もボロボロになってるんだけど(笑)。でも少なくともついてくる人は、聴く音以外に、文章とか言葉で、この人はこういうことをやっているんだ、ということが理解できているところが大きいですね。
僕はそういう、言葉で表現できるタイプでないからいけないんだ、とは思いながら・・・でも「音でわかるはずだ」とも思って・・・だから「言わなくてもいい」って気持ちにもだんだんなってきてる。難しいところですね。
ーー勝井さんは昔はすごく語っていて、考えて行動やアジテーションをしていたのが、最近はあんまり、言葉にしていないような気がします。それは、勝井さんが今アヴァンギャルドなことをやっていないという意味ではなくて、少しずつ勝井さんも変わってきて、音でやってんのかなあ、って僕は見ているんですが。
なるほど、勝井さんは勝井さんで治まってきたんですね(笑)。だけどその治まり方にしても、勝井さんは、昔にやっていたことが種として蒔かれているね。だから、治まってもいい感じの治まり方なんだけど、俺はその種を播いてない感じがする(笑)。あと俺は活動の仕方も悪いんだけどねー。何のヴァイオリンの人かわかんないもんね、いろんな活動を見に来る特殊な数人の人以外には(笑)。
ーー先日のヴァイオリンのイベント(※)でも思ったんですが、太田さんは何のヴァイオリンの人、というより、「場をコントロールする」ヴァイオリンの人っていう感じがするんですよ。
※2006/1/17「The Shape of Fiddle to Come」@三軒茶屋グレープフルーツムーン
そう言われると嬉しいですね。まあそういう意味ではいろんな場面を含めて、舞台における即興ということを行っているんだよね。どういうスタイルでやっても自分の中では一緒で、そういうところは一番経験を積んでいるんだけど、それは一番宣伝していないというか、わかりにくいところだねえ。
ーーそれはお客さんはわからなくても、その一歩手前のプロデューサーとか、ディレクターとか、そういう人たちは感じてるとは思うんですけど・・・そういった人々は、太田さんの場をコントロールする力を利用しきってないようにも思いますね。もっとうまく太田さんを利用すれば面白くなるのになあ、と思います。
ああ・・・そういう場面はありますけどね。それにしても自分がそれをやらないとダメなんだろうね。やっぱり人任せにしているというか、流れのままでいいと思うような・・・前に話に出たかな、東洋思想みたいなものが(自分には)すごくあって、「自分から売り込み」みたいのは嫌いなんだよね。だけどアーティストによっては、アピールが凄い。へえー、と思うもんね。俺はそういうときにぐーっと下がるから。でもそのアピールはそれだけ表現のエネルギーがあるということだから、いいことだと思う。全てのアーティストはそうあるべきなんだ。やんなきゃいけないよね。
多分アートなんていうものは、普遍性があるものではなくて、極めて個人的なエネルギーだと思う。それを普遍性まで持っていく力がないと、アーティストとしては一流ではないと思うので、そういう意味では俺は一流じゃないと思う(笑)。
まあだから、5年前に比べて変わったかというと、きっと5年前くらいに怒ってたのは、その「ままならない部分」に怒っていたんだけど、いま5年経って「ままならないのは自分のせいだ」と思っているのはあるね。性格も含めて、自分がやってないという、そこはなんとなく受け止めるようになっている。
で、そこで音楽的にはどうしようかというと、まだギリギリ40代だから早いのかもしれないけど、なんか渋ーくなりたいなと思ってる(笑)。すごい渋くて深い演奏を早く出来るようになりたいな、と思ってるんだけど、それをやってると「元気がなくなった」とか、「音が出ていない」という話になるから、まだもうちょっと早いのかもしれないね。
例えばArabindiaなんかはすごく好きで、渋いところでやっていても良いバンド、渋ければ渋いほどいいバンドなんです。アラブ音楽自体がそうなんですよ。どんどん枯れていった方がいいという・・・まあ僕の感じ方だけどね。MASARAもある意味そうだね、長年やってきた人がどれだけ自由でいられるか、っていう状況だからさ。
元の質問に戻すと、「5年たって変わったか」というのに、ますます大人しくなっているような雰囲気でしか言わなかったけど、逆にちょっと、今年50になりますからね、何か、事を起こすにはいいかなと思っている。いま言っていることとは裏腹に、ホネのある、過激なことをしたいなと思っています。演奏自体は渋くてもいいんだけど。
(続く)