太田惠資インタビュー2006 part4

インプロヴィゼーションは自分の全てを総動員する


インタビュー前に自分が考えていた中に、「変わる」というキーワードで少し目線を変えたところで、インプロヴィゼーションについての話をききたい、ということがあった。ミュージシャンにとっては当たり前かもしれない感覚も、私たち観客にとってはよくわからないことであるわけで、少々稚拙かもしれない?質問をぶつけてみた。(hayashi)



ーーインプロヴィゼーションというのは、もちろんその場で出てくる音を演奏していくのでしょうけど、時間の流れというのを・・・瞬間的な判断だけで捉えているのか、それとも「さっきまでこういう構成だったからこのあと盛り上がって」というふうに全体も考えて変化させていってるのでしょうか?

先に言ってしまうと、インプロヴィゼーションってね、自分にとって一番おもしろいもので・・・曲やるよりインプロの方が面白いんですよ。なんでかというと、自分のテクニックも知識も、センスも、感覚も、五感も・・・あるいはもう第六感的な、霊感的なものまで、総動員だから面白い。

そういう意味でいうと、いま質問してくれたことへのお答えは、時に応じて両方ですねー。どっちでもいけないような気もするし、どっちもありっていう気もするし。でも構成だけ考えていると、妙にまとまった予定調和的なことになるので、やっぱり瞬時の動物的勘みたいな、突然色を変えてしまった、後先を考えずにやってしまった、みたいな場面も必要だと思うし、そうかと思うと、そういういろんなことが起こった後に全体を思い出した方がいいかな、という場面にも遭遇するね。

で、おもしろいのは、どこを基準にその判断をしているかというと、実はお客さんだったりする。その場の空気を読んで・・・あるいはお客さんでもないとするならば、もう一人いる、向こうで見ている自分。だから空間芸術みたいなものには、お客さんというのはすごく大事なんですよ。

ーーお客さんをセンサーに使うっていうことですかね?


うんうん。お客さんでなければ、もう一人いる自分。

ーーで、これも想像なんですけど、自分がやってて気持ちいい瞬間と・・・

ああ。

ーー・・・それをお客さんとして聞いたときにあまり面白くなかったりすることがあると思うんですが・・・

あるある、往々にしてある(笑)。

ーーそれをどうコントロールしているんでしょうか

あのね、もう本当に禅問答みたいになる・・・すごく好きな話なんで結構ノリノリなんですけど(笑)。
コントロールしてると思った時点で、その瞬間にミスしてると思う。つまりお客さんとか他人をコントロールすることは本当は出来ないはずなんですよ、思い上がりになってしまうから。お客さんに媚びる演奏と、自分が一生懸命になってお客さんのことを置いていってる演奏は紙一重で、お客さんが面白いだろうなと思うことをやってしまって、それが仇になることもいっぱいありますね。

「そんな太田を聞きたいんじゃない」とかさ、「そんなインプロ聞きたいんじゃないんだよ」というのもあるからねえ。だからね、コントロールしてるんじゃなくて、読む・・・判断ミスももちろんあるんですけど・・・将棋なんかと一緒で、何手か先を読んだりね。だから共演者が多くなればなるほどそれは難しくなってきますよね。みんな思い方が違うので。

一つ逆説的になるんだけど、例えば、僕も大好きな、すばらしいインプロヴァイザーがいたとしますよね。すばらしいし、素晴らしいと思っている人もいっぱいいる、と。ところが、そのインプロヴァイザーを素晴らしいと思っている人は、そのインプロヴァイザー流になってることがある。「あの人(インプロヴァイザー)がすることは全部素晴らしい」とか「あの人がしたんだから全部意味があるだろうな」とか。そういう場所で演ると、ホントにインプロヴィゼーションが出来なくなるような気もしてるんですよ。

例えばこの前のフィドルイベントはインプロヴィゼーションのセットではないですけど、hayashiさんが、あの部分(※)が面白いって言ってくれたことは・・・結局全体を通して僕はインプロをやってるわけなんですよね。アイリッシュの二人の演奏を聴き、喜多さんを聴き、さてアラビンディアになったときに、俺はどういうフィドルで居ようかなって思う。ありのまま(の自分)ではないんですよ。「今日の太田は、あの二種類ではない感じを出そう」っていう、パフォーマンスをしているわけですよ。その後にやったセッションはもっとそれが出てると思う。それでhayashiさんが面白いなって思ってくれたことも成功だし、あのときお客さんがどう思ってくれたか、まあ全体として好評だと思ってるんですけど、それは多分(お客さんが自分を)インプロヴァイザーと思ってないから、まんまと仕掛けることができたと思う(笑)。

だからね、難しいよね。熱烈な太田ファンみたいな人たちが増えて、「太田が何かやると全部評価される」みたいになったら、ホントのインプロなんてできるのかな、なんて面もある。だから、わかんないでいる人たちを持っていくのが楽しいよね。

※あの部分 「The Shape of Fiddle to Come 出演: Arabindia(常味裕司(oud) 吉見征樹(tabla) 太田惠資(vl.)) / 喜多直毅(vl.) 津山知子(p.) duo / Johnson's Motorcar (Jim Ediger(fdl.) Martin Johnson(fdl.)) 」 いわゆるクラシックヴァイオリンではなくフィドルと呼ばれる様々なジャンルの演奏を集めた企画で、フィドル奏者たちのトークセッション、各ユニットの演奏、そして最後にフィドル奏者たちのセッションが行われた。hayashiの感想として、三番目に演奏したArabindiaでは(メンバーの暗黙の了解もあったのかもしれないが)、普段の演奏とも微妙に違う勢いと音の出し方を感じたのと、トークセッションや最後のセッションでは、太田がただ前に出ていくだけではなしに、巧みに他の奏者の持ち味を引き出しているようで、非常に面白かった。最後のセッションで、前半はややぎこちなかったにも関わらず、次第にスタイルの違うプレイヤーが時には互いのプレイを追いかけ、時には自分を主張しながら、結果的に「個性の違いを浮かび上がらせながらきちんと演奏として融け合っていく」ようになったのは、太田のプレイのちょっとした誘導が大きかったように、hayashiは感じたのである。

(続く)


2006.1. 都内某所にて
Interviewed by S.Hayashi

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